授かりし命をつなぐ道

紫微斗数を通して、様々なご相談を受けています。

2026-01-01から1年間の記事一覧

ホツマの旅③

前回の続きです。 今回も名阪をひた走り、道の駅「なら歴史芸術文化村」で軽く昼食を取ったのち、まずは天理市新泉町にある、大和(おおやまと)神社へ。 この神社は、近代では戦艦「大和」の守護神とされたことでも有名ですが、崇神天皇6年の創建と言われる…

ホツマの旅②

前回の続きです。 名阪国号を走らせ、天理インターからまず最初に三輪そうめんで食事を取りました。 12月の初旬のこの日は非常に寒く、強い寒波が到来していたのもあり、にゅうめんがものすごく美味しかったです その後、まずは行燈山古墳へ。行燈山古墳は第…

ホツマの旅①

2025年の年末~年が明けて早々にかけてて、奈良県に数回と、志摩市へ行ってきました。 この双方の地は『ホツマツタヱ』ではお馴染みの地で、歴史を辿る中でも非常に重要な土地です。近年私も、何度も何度も足を運んでは帰宅して『ホツマツタヱ』を読み、また…

エプスタイン文書②

前回の続きです。 さて、紫微斗数を学んでいると「桃花」という言葉が頻繁に出てきます。「桃花」というのは、簡単に言うと、異性縁・異性関係・人間関係・人気・顧客などを意味する言葉なのですが、良い「桃花」もあればそうでない「桃花」もあります。 「…

エプスタイン文書①

1月末にトランプ大統領がエプスタイン文書を公にしたことで、世界中が今、大混乱に陥っています。普段TVしかご覧にならない人は、そこまで情報が入っていないかもしれませんが、X(旧Twitter)やYOUTUBE、各オンラインサロンなどで情報を集めている方は、…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑯

前回の続きです。不登校対象のフリースクールを立ち上げ、様々な相談を受ける中で何とか自分の中でこれ!という明確な答えが欲しいと思い、さらに私は自分なりに追求していくことになります。心理学やコーチングの研修も受けたり、異業種交流会に出て色々な…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑮

前回の続きです。そんな日々を過ごしている中、また私の中に一つの疑問が出てきます。これが紫微斗数鑑定をすることになった大きな原因の一つなのですが、「何故生まれてきたときから、人間は環境や能力が違うのか。」「それを一体だれが決めているのか?」…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑭

前回の続きです。また生徒指導部に在籍もしましたが、暴言を吐いて謹慎、暴力事件を起こして謹慎、煙草を吸って謹慎、バイクを乗りまわして謹慎と、毎日のように事件が起こります。謹慎生徒は、小さな小部屋で謹慎期間を過ごすのですが、そんな時に色々話し…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑬

前回の続きです。3.11の震災後、しばらくして異動になります。全校生徒の大多数が大学進学をするような学校から、次はあまり勉強が好きではない子どもたちが受験する学校へ赴任しました。一昔前、私が中学生や高校生の時代は、学校が荒れるというと、校内暴…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑫

前回の続きです。残念ながら津波で流された方も、また生き伸びることはできたが大切な人や生活を失い絶望になった人もたくさんいるいます。3.11の震災だけでなく、私達の先祖はたくさんの災害や戦争を経験してきました。苦しみや悲しみを強く乗り越えて生き…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑪

前回の続きです。当時は、この経験が自分の人生にどう繋がっていくのか全く分かりませんでしたが、後になって、私は『ホツマツタヱ』というものに出会います。今から10年程前になります。『日本書紀』や『古事記』よりももっと以前に、日本には「ヲシテ」と…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑩

前回の続きです。相馬を過ぎてさらに北上し、宿泊のために仙台市街地に入ると震災の影響を受けた感じはありませんでしたが、次の日に沿岸部に出るとやはり、延々と壊滅状態の街が続きます。松島、女川、南三陸、陸前高田、気仙沼、釜石の日本製鉄の工場があ…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑨

前回の続きです。TVを付けたら、津波でどんどん人や街が流されていく映像ばかり。映画を見ているかのような、まるで現実とは思えない非日常が日常と化している。同じ国でこんなことが起こっているのに、西日本に住んでいる我々は、普通の生活を送っている…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑧

前回の続きです。2011年3月11日14時46分に私はどこにいたというと、県立高校の入試採点日だったので、校舎の3階か4階の高い部屋にいたと思います。最初は疲れで眩暈が起きてるのかと思っていたら、他の先生も同じことを言いだして、あれ、これは大地震だと…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑦

前回の続きです。再び教員になって高校で働くようになってからは、また忙しい日々が続きます。近年、教員のオーバーワークがニュースになっていますが、私も完全に過重労働のラインに引っかかり、管理職に呼ばれるぐらい働いていました。肉体的にはしんどか…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑥

前回の続きです。以上のような経験をするなかで、やはり私は人間にとって教育が大切だと感じるようになりました。有名大学に入るとか、模試の成績や良いとかそうのではなく、人間として生まれてきた私たちは、どうやって生きていくのがいいか、それを教える…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯⑤

前回の続きです。これまでは、生い立ちや母のことを中心に書いてきましたが、就職してからのことを書いていきたいと思います。一番初めは、公立中学校で勤めていました。子どもたちも純朴で、同僚の先生方とも楽しく勤めさせて頂いたので、職場に行かない日…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯④

前回の続きです。どこの職場にもパワハラする人がいると思います。鑑定でもパワハラやモラハラの相談は非常に多いです。パワハラをする人は一見、ものすごく強い人のように思いますが、臆病な人ほど、人を怒鳴ったり、威嚇したり、人のアラを見つけては余計…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯③

前回の続きです。 人間は誰でも、生まれてくる前に親や環境を選んで生まれてくると言います。私もよっぽどの覚悟を持って、親や環境を選んで地上に生まれてきたのだと思います。私は元々感性が少し変わったところがありました。幼いころから非常に敏感で、今…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯②

前回の続きです。私は、大阪のごくごく普通の家庭に生まれました。非常に長くて有名な千林商店街と淀川が近くにあり、常に多くの人であふれかえっていた大阪の下町です。私が生まれた時は、両親と祖母がいて、父親が自宅で陶芸やデザインの仕事をしていまし…

紫微斗数鑑定をすることになった経緯①

長くなるので、何回かに分けて書いていこうと思います。紫微斗数を学び、鑑定をするようになり約10年が経過しました。本職は教育関係が長く、公立中学校で働いた後に一度、一般企業や精神保健福祉センターでの仕事を経験し、後に県立高校の教員をしていま…