授かりし命をつなぐ道

紫微斗数を通して、様々なご相談を受けています。

紫微斗数鑑定をすることになった経緯②

前回の続きです。

私は、大阪のごくごく普通の家庭に生まれました。非常に長くて有名な千林商店街と淀川が近くにあり、常に多くの人であふれかえっていた大阪の下町です。

私が生まれた時は、両親と祖母がいて、父親が自宅で陶芸やデザインの仕事をしていました。家には陶芸で使うロクロや粘土、デザインに使う画材道具などがそこらじゅうにありました。

人間というのは不思議なもので、少しは親の影響を受けてもよいものなのに、私の画力は、今でも猫か犬か分からない絵しか描けないくらいなので、そちらの方面へ進むことは一度も考えたことはありませんでした。

文字の読み書きができるようになったのが早かったのもあり、幼い頃からおとなしく座っては何か文字を書いたり、本を読んだりしていました。それを見たせいか、母親が殊更、勉強に関して、私を非常に厳しく育てました。母親に関しては、語り尽くせない程の長い長い物語があるのですが、仲が良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、そういう感情の諸々の一切を超えて、私をここまで仕込んでくれた恩人でもあり、超えるに超えられなかった一番の課題でもありました。              

もし私が死んだとき、「人生で一番何を乗り越えたか?」と聞かれたら、今のところは間違いなく「母親との関係」と答えるつもりです。

なぜなら私が、教育の仕事に就いたのも、精神世界に興味を持ったのも、また紫微斗数や因果の法則を知っていくことになったのも、全ては母親との関係があってのことだからです。簡単に言うと、カルマメイト、紫微斗数で言うところの生年B(化権)です。

私の人生や、仕事、もし今生において果たすべき使命があるのだとしたら、全てはここ=母から始まると言っても過言ではありません。             
生年Bというのは摩擦という意味もあり、いわゆる研磨剤の役割と考えて頂くと分かりやすいと思います。最初は歪な石であっても長い間、過酷な環境に置かれると綺麗に丸くなりますが、その研磨剤の役割が私にとっては母親だということです。

 

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