先祖のこと②
好きな仕事だからしているんですよねと仰って頂くことがよくあります。もちろん、教えることや、人の話を聴いたり文章を書くことは嫌いではないですが、好きや嫌いだという感情を超えてさせて頂いているというのが正直な気持ちです。
講座の中でも、「使命」とは何か、「天命」とは何か、「宿命とは・・・」など、語彙の整理をさせて頂いておりますが、以上のことは、いづれも人間の「好き・嫌い・楽しい」などと言った人間の個人的な感情では計り知れないところに存在するものだと私は考えています。例え嫌なこと、苦手なことであっても、自分がしないといけないことであるならば腹を括って、何とかその状況に沿うように心を尽くす姿こそ、人間の誠であり、美しい姿だと思うからです。
ですから、今置かれている状況や与えられている仕事、また現在手を付けている学問や習得しようと考えている術などがあればまず、好きとか嫌いとか、自信がないとか、面倒だとか様々に湧いてくる感情を隣に置いて、それと出会ったのも何かの「縁」ですから、一度真摯に向き合い、縁を起こしてみることが大切だと思います。たとえ、自分にとって楽しいことであっても、ある程度道を進めると面倒なことや楽しくない時期、スランプや失敗に直面することが出てくるものです。そのたびに感情に振り回されて、他のことに手を出してしまうとせっかく続くはずの道も途絶えてしまいます。紫微斗数も「命術」ですが、特に「術」と名の付くものは腹を据えて取り組んで頂くことと、「我=強すぎる感情」は一度横に置いて取り組んで頂きたい旨を講座の中でもよくお伝えさせて頂いております。
さて話は戦前に遡りますが、国内で「活鹽(塩)水=かつえんすい」というものが流行しました。東京池袋に日本製塩研究所があり、所長の山田丑太郎という人物が日本全国の鉱山や海を訪ね歩き、良質な水と塩を選び抜いて製造したものを「活鹽水」と言いました。おそらく、空襲でその研究所も焼けてしまったので、現物にお目にかかることはできませんが、古書店から取り寄せた戦前の雑誌にはきちんと写真が残っていました。
「LEBEN SALZ」(レーベンザルツ、ドイツ語で生命の塩)という商品名で、国内で広く販売され、飲料や料理そして病の治療にも使われていたそうです。
~ 雑誌「婦女界」(昭和8年8月号発行)より写真引用 ~
続きます。