授かりし命をつなぐ道

紫微斗数鑑定をしながら、ヲシテ文献や大自然の法則について研究しています

「自分」とは何か② ~ ワクワクすることを追い掛けていたら天職に辿り着くのか ~

「自分探し」と同時に「天職」という言葉も前のブログで出しました。しかし「天職」とは一体何ぞやということをよく分からずに使っている人も世の中には少なくないので、ここできちんと整理しておきます。

よく、「ワクワクすることを追い掛けていたら天職に辿り着く」ということを聞いたことがあると思います。大体、仕事で成功を収めた方が主張する場合が多いように思いますが、世の中に存在する仕事全て、ワクワクだけでできる仕事だと思いますでしょうか?私はそうは言えないと考えています。仕事に貴賤はないですが、しかし全てワクワクする仕事だけで世の中が成り立っているわけではないということくらい、子どもでも理解できることなのではないでしょうか。例えば、「人の生死」にかかわる仕事をしている人は、ワクワクしているのでしょうか。また、長距離の運転手をしている人がみんなワクワクして仕事をしていると思いますでしょうか。事故に遭わないように、また時間通りに荷物を運ぶために神経を使いますから、ワクワクしているわけではないと私は思うのです。
職業選択の自由が私たちにはありますから、自分の好きなことや得意なことを仕事にすればよいのですが、ワクワクしながら仕事をしなければならない、天職を見つけないといけないという呪縛にはまりすぎているのではないかと私は多くの方と出会ってきて、それを危惧するのです。

そもそも、「天職」というのは自分の感情で選んだ仕事ではなく、天から与えられた仕事のことを言います。好き嫌いという範疇を超えてどうしてもしないといけない仕事が「天職」なのです。嫌でも辞められないということですね。そのような特別な役割を持っている人は世の中にはごくごく一部ですし、大体連続した苦労の中で、自由意志を奪われ、またハンディキャップを背負わされてそれしかできないようにさせられることが多いです。虐げているわけでは決してなくて、他の事をしてもらったら困るからです。
そう考えると全人類に「天職」が与えられているわけではないということではない。食べていけたら仕事内容には拘らない、もしくはその時々で仕事を変える人がいてもいいわけです。そこを「根性」の有無と結びつけるため、一度仕事や学校を辞めた人が家から出てこられなくなるのです。

また、女性の方でも今は、キャリアと家庭の両立が当たり前のように言われるため、何となく流れに乗って非常に多忙な毎日に追われている人が多いですが、子育てや主婦業に専念する人がいてもいいわけですし、逆に天職を持っている人なら家庭を持つことは二の次になるでしょう。またどうしても両立をせざるを得ない人もいるでしょうし、そこは人それぞれなのです。自身が本来、どういう傾向を持っているのかを知っておかないといつまでたっても、人と比較して自分の人生に納得がいかないということになってしまいます。